あれからもう12年も経った。幸せも不幸せもいっぱいあった。もう女の子なんて呼べない年齢になって,小さなデザイン事務所で働き出した彼女は,仕事場のパソコンのなかで派手に飛び回る,あの夜のトースターをみつけた。
quote:Tonyaは今でもフライング・トースターのウェットシャツを着る。これはバークレイ・システムズ社のスクリーンセーバー,アフター・ダークが世界中で人気を博していた時代のもの。アフター・ダークは1989年にデビューして人気となったがマックOS 9と互換が取れず,消えてしまった。が,日本語版を発売していたインフィニシス社がOS X版の新製品をリリースした。
雪が降っていた。クリスマスのためにちょっとだけ飾りがついて華やかさを増している小さなアベニューも,夜が更けて(といってもまだ20時過ぎだが)しんと静まり返っていた。
女の子は,ショーウインドウのなかにある,女の子の家で飼っているクシュという名のネコと同じくらいの大きさのパソコンに映る画面を見入っていた。ちょっと寒くて手袋のない手に,はぁーっと白い息をはきかけながら,母親を待っていた。静かな夜,積もる雪。沈んでいた女の子の気持ちに,そのパソコンの画面はコミカルに動き回り,そして思わず笑顔にさせた。画面の中では,家にあるのとそっくりなトースターが羽根を羽ばたかせて次々と空を飛んでいた。
父親がいなくなっていたのが,その日の朝だったことを女の子はいまでもおぼえている。前の晩,なにやら言い争う声をベッドの中で聞いていて,起きて様子をみに行きたくても,みてはいけないような雰囲気を感じていた。夕方から母親は辛そうな顔をして女の子の手を引いて,仕事を探しに来たのだ。ちょっと待っていてと云われて,母親は高い扉の建物に入っていった。そして,雪が降り出した。トースターはいつまでも飛び続け,ときたま焼き上がったトーストが飛び出した。母親は,あまり明るくない顔で扉から出てきて,また女の子の手を取って歩き出した。女の子はちょっと振り返って飛び続けるトースターを見送り,きょうの夜の夢のなかで,自分もトースターと一緒に空を飛ぶ夢がみられることを,願っていた。(おまけ,フライング・トースターの歌の歌詞)
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